2017 09 01

GERMANY

Gay


ベルリン在住!日独ゲイカップルに出会いから今後の夢まで聞いてみた


ご自宅の第一印象は、ドイツサイズ!
ドアの高さは、2メートルをゆうに超える。

大輔さんの第一印象は、華奢でスラッとした方。
物腰はとても柔らかく、しゃべり方は、ゆっくりと穏やか。

ご自宅のリビングには、お花が綺麗に飾られて、横には、寄り添うお二人、
ご家族との去年のクリスマスなど、たくさんの写真が誇らしげに並べられていた。

ミヒャエルさんは、在宅でお仕事をされている。
がっしりとした体格、力強く握手。
見上げて見た彼の澄んだ瞳から、彼のおおらかさがじんわりと伝わってきた。

 

左:ミヒャエルさん  右:大輔さん



大輔さん(千葉県出身) 
37歳 (主夫)

セクシュアリティ :ゲイ

千葉県出身、37歳の大輔さん。
日本で10年間の会社勤めのあと、パートナーのミヒャエルさんと一緒にドイツへ移住。
今は、永住権を目指してドイツ語の勉強をしながら、主夫として家事をきりもりしている

 

 

ご自身のセクシュアリティに気づいたのはいつですか?

 

「はっきりと自覚したのは、中学生の頃。学校では、ゲイで集まっていました。誰もハッキリ言わないんですけど、なんか雰囲気でわかるんです。相手からアプローチされたこともありました。結局は、お互いに何も言わないままでしたけど。」

 

幼い時は、リカちゃん人形が好き。たまたま好むものが、女の子と同じ。
一緒に遊ぶのは、もちろん、女の子ばかり。優しい雰囲気の大輔さんは、自然ととけ込んでいたという。

 

悲しかったことがある。

小学校3〜4年の頃まで一緒に遊んでいた女の子達が離れて行ってしまったことだ。
成長して男の子の身体になってきたことが原因だった。
自分の好きなことを隠して男らしく振る舞って生活しようと思ったが、
漫画やヒーローはいつになっても全く好きになれずに悩んでいた。

 

女の子と一緒にいる時は、好きなアイドル光GENJIのあっくんの話をして盛りあがって、とても自然で心地が良い。なのに、男の子といる時は、なんでこんなに面白くないんだろう。不思議に感じていた。

 

カミングアウトをしたのは、働き始めてからの24歳の時。
6年間のアメリカ生活から帰国した後だった。

 

高校2年の時に、1人、アメリカ、オクラホマに渡米。
クリスチャンスクールの高校に入学して寮生活が始まった。

自分なりに考え抜いて、16歳で決断したことだった。

「高校1年の頃に、漠然とした不安を感じていました。

このまま日本で生活をして、結婚して就職をして、家族を持つ。
そのレールから外れてはいけない。

常に、親からのプレッシャーを感じていました。


自分はどう頑張ってもあがいても親の期待に答えることができない。
そんな、むなしさがずっと胸の中にありました。将来への希望が持てなかったです。



アメリカに行けばなにか変わるんじゃないか?希望に胸を膨らませていた。
ところが、入学した学校は、キリスト教のプロテスタントで同性愛にとても厳しく、自分は外国人で未成年しかも寮生活。慣れない英語での授業に一生懸命勉強して、ただ必死に課題をこなしていくだけで、セクシュアリティについて考える間もなかった。

 

高校卒業後は、シカゴへ。
シカゴでの大学生活は、一変して明るく自由だった。

親もいない、知っている人もいない。
自然とたくさんのゲイの友人と知り合った。

今までに感じたことのない、解放感を感じて喜びで心が震えた。


素の自分でいることがこんなに楽なんだと感じたのは特別な時間でした。

生まれて初めて、誰にも気兼ねなく、自然体の自分でいたと言える瞬間だった。

今までの人生の中でも1番楽しかった時間のひとつです。

 

人生の中で初めて感じた自由。

その自由を感じた時に、どれほど自分を抑圧して我慢していたのかを知った。


 

 

ミヒャエルさん(ドイツ出身) 41歳(IT関係)

セクシュアリティ :ゲイ

IT
スタートアップのお仕事。
28歳で日本に研究生として留学している時に、大輔さんと出会う。
10年の交際を経て、一緒にドイツでパートナーシップを結ぶ。
2017年6月30日にドイツで同性婚が成立したのをうけて、同性婚の時期も2
人で検討中。

 

 

ご自身のセクシュアリティに気づいたのはいつですか?

 

 「中学3年生の時です。男性に恋心を持ち始めている自分に気づいて戸惑いました。
小さい時は、テクノロジーやプログラミングが大好きで没頭して遊んでいました。なので、自分のセクシュアリティが変だとは思っていなかったし、当たり前に自分で自分を受け入れていました。

 

以前のドイツでは、男性は入隊の義務がありました。

男同士が集まると自然と女の子の話になるのですが、全く話に入れなくて。

今まで女の子の名前を覚えられたことがないんですよ。やっぱり、当時から女の子には全く興味が持てなかったです。

当時は、ドイツでも学校でLGBTについての性教育は特になかった。
性のことは、どこかタブーのような隠れた存在でもあった。

男の友達が多く、考え方も論理的で理路整然としているミヒャエルさん。
大輔さんとは、対象的。だからこそ、お互いがない部分に惹かれ合ったのかもしれない。

 

 

両親は、あなたのことをどう思っていましたか?

 

母は、全く気にしていないです。

実は、私自身からセクシュアリティについて話をしたことはありません。


弟が日本に来た時にわたしと大輔が住むアパートにも来たのですが、

その時に私たちの関係を理解し、それを母に伝えてくれたようです。

母は、それを知った上で受け入れて、あえて何も言わないでいてくれているのだと感じています。嬉しいですね。

 

「その後、2人でドイツに遊びに言った時も、両親は私たちを温かく迎えてくれた。

ドイツに戻り、2人でパートナーとして住み始めたのも、ごく自然な流れでした。」

 

 

2人の出会いのきっかけは?

 

シカゴから帰って日本で働き始めた時に出会った。
大輔さんは、24歳。ミヒャエルさんは、28歳。

 

帰国後、ネットで知り合ってから1〜2週間後に新宿で会った。

お互いに海外生活を経験していろんな考え方や価値観に触れてきた。
日本の友達に話してもなかなか伝わらないことも、わかりあうことができて嬉しかった。

 

ずっと一緒にいて、居心地がいい理由。

2人の世界観が一緒だったこと。

それは、今も、変わらない。

 

倹約家のミヒャエルさん。当時は、留学生。

奨学金でもらったお金で生活費、大輔さんとのデート代をまかなっていた。
贅沢をせず、無駄遣いもせずにあるお金で過ごすのが今でも大輔さんの尊敬ポイントだ。


付き合いはじめの頃に、仕事後に会って、漫画喫茶に1晩中一緒にいたのも今ではいい思い出。

 

日本で同性カップルとして生活していて、困ったことは何ですか?

 

部屋を探すのが大変だった。

男同士で、それも一方が外国人でルームシェア。』この物件は、ごく限られた場所しかなかった。

 

「外国人であることを理由に入居を断られる!アメリカでは当たり前にできるのに!

差別じゃない?どうしようもなく、やりきれない思い、辛かったですね。
諦めたくはなかったので、ダメだったら次を探す。数を当たりました。見つかった時は、嬉しかったです。」

 

見つけたアパートには家賃を安くするため、外国人留学生同士で、シェアをしている人が多かったので、私たちの関係については伝えなくても問題はなかった。

共同の銀行口座が持てないのが不便でしたね。」とミヒャエルさん。

 

外国人のパートナーの就労ビザが切れてしまうと、母国に帰らざるを得ない。
好きな2人が一緒にいるために、同性婚や法改定が進めばいいなと思う。



お二人のお住まい(ベルリン)

 

ドイツでの生活と、これからの2人の夢

 

一緒に手をつないで歩くことも、

パートナーとしての法的なことも、

社会の中で他の人と同じ場所で生きていくことに、何も不便を感じない。

 

例えば、友人に紹介する時に、
「彼は、パートナー」と紹介すると、「そうなんだ。」で済んでしまうほど自然なこと。

大輔さんが特に嬉しかったのは、ミヒャエルさんのご兄弟の結婚式にもパートナーとして招待されたこと。
家族の一員として受け入れられていると感じた。

 

2017年6月30日にドイツでの同性婚が成立した。
私が訪問するたった5日前のことだ。

「結婚もいつにしようか早速、考えているんです。」

笑顔でそう話す、大輔さんの声が弾んでいた。


ドイツ、同性婚を合法化。レズビアンカップルとの出会いがメルケル首相を変えた。


Thomas Oppermann (C-L), parliamentary group leader of the social democratic SPD party, and SPD leader and candidate for chancellor Martin Schulz (C-R) cut a wedding cake in rainbow colors and decorated with figurines of two women and two men at the Bundestag (lower house of parliament) in Berlin on June 30, 2017.The German parliament legalised same-sex marriage, days after Chancellor Angela Merkel said she would allow her conservative lawmakers to follow their conscience in the vote. / AFP PHOTO / Tobias SCHWARZ (Photo credit should read TOBIAS SCHWARZ/AFP/Getty Images)

 

プロポーズそして、ドイツ、ベルリンに移住

 

2010年の4月

「一緒にドイツに来て欲しい。」
そう、ミヒャエルさんからのプロポーズ。

嬉しかった。もう、心は決まっていた。

 

大輔さんは、意を決して、母親にカミングアウトした。


「うーん分かった。小さい頃からなんとなく気づいていたけどね。」
一瞬、安心した。なんだ、わかっていてくれたのか。

その後、揺れる気持ちの母親から、やはり賛成できないと言われた。
ドイツに行くのが淋しい。淋しさが反対につながってしまった。

 


「大輔は女性と結婚するから別れて。」

そう大輔さんのお母さんがミヒャエルさんに電話したこともあった。

 

なんで、自分が好きな人と一緒にいるのを応援してくれないんだろう?心がえぐられるようだった。

もちろん、2人の決意は変わらなかった。

 

母親とは、一時は音信不通になりかけた時期もあった。


だが、時間をかけてお互いの気持ちを伝えた。
紆余曲折あったが、今は、またいい関係になりつつある。

母親が今年11月に初めてドイツに来てくれる。良い時間になればと思う。

 

 

将来の夢は、里親制度を利用して子どもを育てること

 

今、2人は里親制度を利用する為に、2日間のセミナーに参加して勉強中。
とても、意欲的。養育できることを証明するいろんな条件があるので、満たしていくつもりだ。

 

大輔さんが、日本で子どもを持ちたいとゲイの友達に言ったときに、

「何を言ってるんだ」と、白い目で見られた。
そんなことできるわけないと。

僕たちゲイは、人生に多くを求めてはいけないと。

 

ここ、ドイツでは、結婚もできるし、家族にもなれる。
なにかをしたことがない人に、できないと言われても信じない。

アメリカ、ドイツの生活の中で大輔さんは、大きく変わった。

 

自分らしく生きられる環境を選び、

自分にとっての大切なことは、

何かをはっきりと自分で知って、そのままの自分を生きる。


そんな強さを手に入れた。



これからもいろんなことがあるかもしれない。

ミヒャエルさんと2人で、この一度きりの人生を楽しみながら過ごしていくつもりだ。


<大輔さんからのメッセージ>

 

日本社会は、閉鎖的で学生時代が一番しんどかったです。

みんなと同じ事が良しとされる社会で、違う自分が苦しいと思っている人が多いのではないでしょうか。

僕もそうでした。

 

僕たちのように、いろんなロールモデルに触れて、
将来いろんな生き方ができることを知って将来に希望を持って欲しいと思います。


学生時代は大変だけど、社会に出ると自由です。
自分の「どうしたいか?」の気持ちに正直に生きることをあきらめないで欲しいです。




<ミヒャエルさんからのメッセージ>

 

どんどん、海外に行きましょう。ドイツに来てください。

結婚もできるし、子どもも持つことができます。

手もつないで歩けます。



誰もが、自分の人生を楽しむことができる。

自分の幸せを見つけて下さい。